平沼赳夫
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国難 今こそ歴史の教訓を活かせ
         
『昭和2年 南京事件から支那事変への道』

中国が台湾を「中国の一部」と主張し様々な圧力をかけていること、中国漁船の尖閣諸島事件、それに続く中国の高圧的で理不尽な日本への恫喝、露西亜大統領の前代未聞の北方領土訪問と領土返還を反故にするかかの如き横暴な姿勢、そして今回の北朝鮮の韓国領への攻撃・・・。

非民主国家・核兵器保有国の三国が、西と北から南下して日本・韓国・台湾を飲み込もうとしているかのようです。
韓国と台湾が、日米と同じ民主主義国家であり続けることが、日本の自由と平和を守る生命線なのです。

これではまるで日清・日露の両役直前の極東情勢と全く同じ構図です。
一気に100年ほども歴史が撒き戻されたかのようです。

昭和2年(1927)3月24日、米英両軍が南京城内を砲撃する「南京事件」が起こりました。

この前年、国民革命軍総司令の蒋介石は、軍閥を倒し中国統一するため「北伐」を開始、北伐軍は武漢を占領した後、1927年3月24日、国民革命軍第6軍と第2軍が南京を占領し、軍人や民衆の一部が外国の領事館や居留地などを襲撃して暴行、掠奪、強姦など破壊の限りを尽しました。これが歴史上実際に起こった「南京事件」です。

ラルフ・タウンゼント著『暗黒大陸中国の真実』(1933年)によると

『(前略)
この残虐行為は、上官の承認の下、制服着用の兵士によって行われた。南京在住の我々アメリカ人全員がこの目で見たのであるから断言できる。

彼らは、外国人の私邸、領事館、学校、病院、会社の事務所を略奪しただけではない。家にも学校にも火を放った。外国人と見ると老若男女構わず撃った。誤射ではない。殺意を持って撃った。
(中略)
北伐軍の兵士や中国人の友達の証言によれば、南京入城に際して命令ではないにしろ、「略奪、外国人殺害許可証」の類を持って南京に入城したようである。

外国人の家に押し入る。金庫を開けさせる。着ているものまで剥ぎ取る。女は犯す。
(中略)
ところが、この虐殺がピタリと止んだ。英米の軍艦の艦砲射撃が始まったからである。

とたんにあちこちでラッパの合図があり、組織的破壊行為が止んだ。
これで兵士の暴虐、破壊活動は上が命令した組織的行動だったことが証明された。
(後略) 』

米英仏伊日などの列強は権益を守るため、南京の長江に軍艦を停泊させていました。米英両軍は、南京事件鎮圧のため南京市内に艦砲射撃を加え、中国側に多数の死傷者が出ました。米英などは事件後、中国に対し損害賠償などを要求しました。

南京を占領した国民党軍が外国人や宣教師を襲撃した背後には共産党の扇動があったとされています。

しかし、日本政府の幣原喜重郎外務大臣は、蒋介石軍が力を失うと中国が分裂状態になり、交渉相手がいなくなると考えていました。

英米などから共同して軍事作戦を行おうとの要請を拒否し、中国に配慮した宥和的な態度を示し続けたのです。

南京に停泊していた英米の軍艦が外国人を保護するため、砲撃を開始したとき、日本の二隻の駆逐艦は何の動きもみせませんでした。

日本領事館が他国領事館と同じ様に略奪され、女性も含む日本人が暴虐にさらされていたにもかかわらず、助けを求めるその目の前で碇を上げて南京を離れたのです。

政府の「友愛」にみちた相手の善意に期待する懐柔政策がそうさせたのです。

これ以降、中国軍や中国人に大砲を打ち込んだ英米人に対する暴虐は静まり、ただの一発も砲撃しなかった「弱腰の」日本人居留民・日本軍に対しては更に各地で襲撃が繰り返されることになったのです。

この日本政府の自国民を見捨ててまでの「親中」「友愛」政策にもかかわらず蒋介石は、日本との通商条約を一方的に破棄する旨を通告し、抗日反日の立場をとり続けます。

その後、日本がシナ事変という泥沼に突入する原因がここにあります。

ラルフ・タウンゼント著『暗黒大陸中国の真実』(1933年)には、米国人の悲痛な実感として次のように綴られています

『(前略)
つまり、今までの対中国政策は失敗だったと素直に認める以外ないのである。

金を貸せば、返してもらえないばかりか悪用される。学校や病院を建てたら、火をつけられる。

宣教師は宣教師で、いくら中国人の中に飛び込んで命がけで働いても、教え子に拷問され虐殺されている。

ただ外交援助するばかりで、何の罰則もなく甘い顔ばかりしてきたから、かえって暴虐の限りを尽くしてきたのである。

アメリカ人の究極の希望は世界平和である。そこで極東にも平和を願うなら、アメリカはどういう姿勢を採るべきか。

「君子危うきに近寄らず」。
きれいさっぱり足を洗った方がよい。思いやりも必要だが、それと同時に毅然とした態度で主張すべき権利は堂々と主張すべきである、というのが大人の考えである。
(後略) 』

アメリカは学びました。
しかし日本は、過去にも目の前の現実からも未だに何一つ学ぼうとせず、能天気な平和主義や友愛精神に依存し、現実を顧みようとはしません。

無責任な「友愛」は、国益・領土・国民の平和と安全を損ねるだけです。

いまこそ不幸な歴史から教訓を得て、日本の「主権」「領土」「国民」を守るため、理不尽な暴力には屈しないために、必要な国防力を整備し、憲法改正を含めて有事に即応できる体制を確立し、後顧の憂いをなくさなければなりません。それが私たちの義務であり責任なのです。

日本と日本人の確かな未来を守るために。
我々の無策のツケを子供たちに回さないために。


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